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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)1252号 判決

主文

本件上告を棄却する。

但し、當審における未決勾留日數中一五〇日を本刑に算入する。

理由

辯護人久保田美英上告趣意第一點について。

刑法第一七七條は暴行又は脅迫を以って婦女を姦淫した者を、強姦の罪として處罰する旨を規定し、次に同法第一七八條において、人の心神喪失若くは抗拒不能に乗じ、又はこれをして心神を喪失せしめ、若くは抗拒不能ならしめて、姦淫したる者についても、前條の例による旨を規定している。かゝる法條の排列から見れば、苟も暴行又は脅迫を以って、婦女を姦淫した者は、前條に該當するのであって、從って、その暴行又は脅迫によって、婦女をして心神を喪失せしめ、若くは抗拒不能ならしめて姦淫した者も、また當然これに包含せられるものと解すべきである。從って、原判決がその認定事実に關して、刑法第一七七條を適用したのは正當であって、論旨は理由がない。

辯護人久保田美英上告趣意第二、三、四點及び辯護人矢部克己上告趣意第一點について。

論旨はいづれも所論強姦未遂の點について、原判決がこれを障礙未遂と判斷したことは誤りであって、理由不備又は理由齟齬の違法があり、且その違法は原判決の刑の量定に影響を及ぼしたものであるというに歸す。

しかし、被告人が所論強姦の所爲を中止した原由として原判決の認定したところは、これを原判決摘示の事実と、これが證據として擧示されたところについて見れば、當夜は一〇月一六日の午後六時半過ぎて、すでにあたりはまっくらであり、被告人は人事不省に陥っている被害者を墓地内に引摺り込み、その上になり、姦淫の所爲に及ぼうとしたが被告人は當時二三歳で性交の經驗が全くなかったため、容易に目的を遂げず、かれこれ焦慮している際突然約一丁をへだてた石切驛に停車した電車の前灯の直射を受け、よって犯行の現場を照明されたのみならず、その明りによって、被害者の陰部に挿入した二指を見たところ、赤黒い血が人差指から手の甲を傳わり手首まで一面に附看していたので、性交に經驗のない被告人は、その出血に驚愕して姦淫の行爲を中止したというにあることがわかる。かくのごとき諸般の情況は被告人をして強姦の遂行を思い止まらしめる障礙の事情として、客觀性のないものとはいえないのであって被告人が久保田辯護人所論のように反省悔悟して、その所爲を中止したとの事実は、原判決の認定せざるところである。また驚愕が犯行中止の動機であることは、矢部辯護人所論のとおりであるけれども、その驚愕の原因となった諸般の事情を考慮するときは、それが被告人の強姦の遂行に障礙となるべき客觀性ある事情であることは前述のとおりである以上、本件被告人の所爲を以て、原判決が障礙未遂に該當するものとし、これを中止未遂にあらずと判定したのは相當であって何ら所論のごとき違法はない。

辯護人久保田美英上告趣意第五點及び第五點の一について。

強姦致死罪は單一な刑法第一八一條の犯罪を構成するものであって、強姦の點が未遂であるかどうか及びその未遂が中止未遂であるか障礙未遂であるかということは、單に情状の問題にすぎないのであって、處斷刑に變更を來たすべき性質のものではないから、本罪に對しては刑法第一八一條を適用すれば足り、未遂減輕に關する同法第四三條本文又は但書を適用すべきものではない。原判決の擬律は固より右と同趣旨に出たものであって、同判決がその末尾において辯護人の主張に對して特に示した判斷中論旨の指摘する部分も、右と同趣旨の事理を説示したのに止まり、論旨の非議する如く、強姦の點が中止未遂であるかどうかは、量刑上何ら斟酌すべき問題ではないと斷じた譯のものではないから、原判決には所論のような違法はない。

なお論旨はいづれも原判決が強姦の點について中止未遂に該當する事実を認定しているとの前提に立つものであるが、その前提の誤りであることは、前段説示のとおりである。從って論旨はいづれも理由がない。

辯護人久保田美英上告趣意第九點及び辯護人矢部克己上告趣意第二點について。

しかし、原判決擧示の證據を綜合すれば、被告人が被害者奥富美子に加へた所論の暴行が同女の死因を爲していること及び同女には從前癲癇の既往症はなかったことを認めるに十分である。論旨は右證據によっては同女が癲癇その他右暴行以外の原因によって死亡したものであることを否定するに足りないというのであるが、癲癇について既往症のなかったことは前陳のとおりであり、同女の死因が所論のように他に存することを認めるに足る證據は本件にないのであるから、原判決が前示證據によって、同判示のように死因を認定しても、之をもって実驗則に反するものとは認め難い。又本件事案の具體的内容、其の他諸般の状況に徴すれば、原審が右死因の別に存するかどうかについて、より以上の證據の取調を爲さなかったことは、原審の恣意、專斷によるものとは認められないから、原判決には審理不盡の違法はない。論旨は原判決の採用しない證據に基いて、奥富美子の死因につき、原判決の認定を非議するものであって、その理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって刑訴施行法第二條、舊刑訴第四四六條に從い、本件上告を棄却し、なお刑法第二一條に則り當審における未決勾留日數中一五〇日を本刑に算入するを相當と認め、主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 藤田八郎)

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